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イージーライフ イージーゴー

ご無沙汰しております。

 

ぼやっとしていると月日は瞬くうちに過ぎていってもう3月です。

 

たまには近況報告などしなくてはと思い、撮りためた写真を物色してみると、撮りためた写真など全くないということに気づいたので、今撮った写真を上げます。

写真に写っているのは

 

近況

 

・切りすぎた前髪(つい調子に乗りすぎました)

・カナダ土産の変なポンチョ(夫がカナダに行ってました)

・部屋干しの洗濯物(今日は一日雨でした)

 

 

ブログの更新が滞るのもさもありなんとばかりのどうってことない近況でございますが、これが私のすべてです。

 

 

いやいやすべてってこともないです。

 

ただ今、昨年末に初出演した、バンザイ合唱団の稽古中です。

本番まであと5日。今回の会場はなんと保育園。

 

個人ブログに昔懐かしい包○手術の広告ばりの写真を平気でアップするようなわたくしが、いたいけな保育園児たちの前で歌い踊るとはまったくもって世も末です。

 

せめて少しでも美しい声をお届けするべく、こうして変なポンチョで喉を温めているわけでございます。

 

 

そして5月末には、舞台に出演します。

こちらは稽古はまだですが、明日、宣伝のための撮影会が行われるそうなので、それに行ってまいります。

 

動画撮影があるってのにこの前髪で通用するんだろうか、と今から戦々恐々です。

 

 

あれ?やっぱり写真一枚で近況を語れてしまったよ。おかしいな、てへ。

 

あ、それから、合間合間に肉を食らって精をつけてます。

あとそれから、ウォーキングは頑張って続けてます。

ええと、グリコが体調不良から復活しました。

あとそれから―――

 

―――そんなかんじです。

 

なけなしの近況を絞りに絞ってもう絞りかすも残っていないので、また何かあったら更新しますね。




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略して脇汗

 

明けましておめでとうございます。

 

というご挨拶が手遅れにならないうちに新年一発目の更新をしようと思っているうちに気づけば、旧暦でいうところの松の内まで明けてしまいました。

一年の計は元旦にあり、などと申しますので、今年も一年、後手後手鈍足ライフまっしぐらの予感がします。

 

ということで改めて

 

寒中見舞

 

 

もう辰年だというのに性懲りもなくグリコをあしらってみました。

例年通り、うさバカ街道もまっしぐらで行きますんで夜露死苦!

 

 

年が明けて半月経って今更ではありますが昨年のことを振り返ってみますれば、上半期はボーっとして過ごし、そのツケがまわったような忙しい下半期でありました。

忙しいと言ってもあくまで、鈍足が日常の私にとってはということです。

 

昨年はお陰様で多くの演劇人の方との出会いがあったのですが、ちょっと話を聞けばやれこの本番が終わったらすぐ次の稽古だ、やれこっちの稽古中にもう次の稽古が始まっているから顔合わせだけいってきますだと、次々と舞台のスケジュールをこなす人たちばかりで大変たまげました。

 

そしてフリーの人はもちろん、劇団に所属している人も、決して受け身ではなく、毎回ゼロから始まるチャンスを貪欲に掴みに行っているご様子。

 

いやあもうどこの世界でも、濡れ手で粟なんてそうそうあるもんじゃございません。

掴みに行かなければなりません。

そんなことを肝に銘じながら、大晦日に近所の寺に行って、ゴンと一発、鐘を撞いてまいりました。

 

 

今年はありがたいことに、ギリギリ上半期に一本、舞台の予定があります。

詳しい内容はまだ不明ですが、正念場になりそうな気がします。

昇り龍のしっぽの先っちょを振り落されそうになりながら必死で掴む自分の姿が浮かびます。

と、せっかくなんで干支にちなんだ表現をしてみました。ザ・陳腐。

 

 

昇り龍対策の一環として、サウナスーツを買いました。

めきめきリバウンド傾向のカラダを何とかするにはもう汗をかくしかない、と思いまして、こう見えてもサウナスーツの購入は人生初です。

 

こいつをしゃかしゃか言わせながら夜な夜な石神井公園を歩いてやります。

決してふらふらとコンビニで買い食いなんてしないように、脇目も振らずに歩きます。

 

脇目を振らず、汗をかく。

そんな一年にしようと思います。

 

 

どうぞ今年もよろしくお願いいたします。




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はじめての労災

 

昨日、肋骨が折れました。

 

骨折画像

 

仕事中に足を滑らせ、ポリ製ゴミ箱とタイマンを張ったためです。

テキ(ゴミ箱)も大破していたので、勝負は引き分けです。

 

いつも思うことですが、けがも病気も日曜にするもんじゃないですね。

仕事を早退させてもらって、近所の大病院の時間外受付に駆け込みましたが、骨折が判明するまでに4時間かかりました。

 

元来待つのが大嫌いな性格(ワガママ)に次第に募る空腹が相まって、最後1時間くらいはイライラもピークに達していたので、診察が終わったときは、骨折のショックよりもやっと終わった、やっとご飯が食べられるという解放感でいっぱいになりました。

 

とはいえ

「骨だけは丈夫です、牛乳飲んでるからね!」

というのが唯一の自慢だった私にとって、いくら簡単に折れることで有名な肋骨といえど、骨折の事実はアイデンティティの崩壊を意味します。

 

あゝ、あたくしこれから何を誇りに生きていけばいいのかしら。

ちくちく痛むあばらをかかえて、自分探しの旅に出ます。

どうか探さないでください。

 

というのはウソです。

しばらくおとなしくしていようと思います。




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ブログにブログのことを書く

1か月ぶりの更新でございます。

このFC2ブログはひと月放置するとあたまに広告が出て、更新すればそれが消せるという仕組みになっているようなので、あ、やばい、広告出ちゃう、あるいはやばいもう出ちゃった、というタイミングになってやっと更新するという、なんだか行方の不明なブログになりつつあります。

そもそもにさかのぼってなぜ私がブログなどというものを始めたかと申しますと、

一に脳トレ

二に俳優活動の告知

が目的でありました。


二に関してはほとんどあわよくば的なところがありまして、主な狙いは脳トレです。
どんなくっだらない内容でも、文章を組み立てるという行為はとってもクリエイティブかつ理性的な作業だと信じております。
まあ腐っても(腐ってないわよ失礼ね)俳優ではありますし、最低限の創造性と理性は日常からキープしていたい、なおかつ伸ばしたい。そんな思いがあります。


どうせやるならアクセス数が増えたほうがいいのかなと、ランキングや足あと関連のサイトのガジェットを貼ってみたりも当初はしたのですが、本来の目的との齟齬を感じ、やめました。
とはいえ、人様に見られる場所に文章を載せているんだという自覚は絶対必要だと思いまして、カウンターは残しました。ゆっくりゆっくりなペースで増えていくカウントを見るのはやはりうれしいものです。それが人情ですねえ。


このブログを開設する少し前にTwitterも始めていたのですが、その目的も上記とほぼ同じです。
140文字という制限の中でどれだけのことが語れるのか、句読点も省くことなく適所に配置しきっちり140文字におさめるぞ!という挑戦とかを楽しんでいます。

あなたのツイートはちっとも「なう」じゃないよね、とよく言われますが、それはそのためです。
でもたまにはなうなことだってつぶやいてるやーい。


そういうわけで、長い文章はブログに、短い文章はTwitterに、というのが私の中でのいわゆる「棲み分け」というやつだったのですがそのうち、

その間をやってみたい

と思うようになり始めてみたのがこの

Dwarf Lifeサムネイル

【Dwarf Life】でした。

画像を必ず一枚つけて、なるべく簡潔に。
それが唯一の縛りで、内容はてんでんばらばらです。
レイアウトは、短い文章でもスカスカ感が出ないように幅を狭くしてみたりしてます。
それがどうしたというかんじですがそういうかんじです。

こちらは思いのほかさくさくと更新が進み、ときには一日二回更新とかしちゃったりしてまるでマメな人のようでいてその実ただのヒマな人であることを露呈してしまったりしました。




ある日、そんな私の気まますぎるブログライフに、物申す方が現れました。
名前を仮にAさんとお呼びすることにします。

Aさんは古くからの友人で、私の文章を面白い面白いとほめたたえてくれる大変稀有な方なのですが、先日久々にお会いして、インターネット関連の話題になった時にいきなり

どーいうつもりなんですか!?

とこっぴどく叱られました。

どう叱られたというと

内容がバラバラすぎて何をテーマにしたブログなのかわからない。
多くの人に読んでもらおうという気概が感じられない。
そもそもブログタイトルからしてもやっとしている。ウサニカルライフ?なんすかそれ意味わかんない。



言われてみるとAさんのブログは、目的意識が非常にきっぱりとしています。
タイトルしかり、内容しかり。
他のブロガーさんとも積極的に交流しているし、何というかがむしゃらで前向きで、読むと思わず応援したくなるような、そういうブログなのです。


どうせなら自分をライターとして売り込むようなつもりで書いてください。
実際売り込んでください。
名刺作ってください。
肩書はフリーライターでいいんです。名乗るのはタダです!


まさかの転職要請。
フリーランスの役者からフリーランスのライターへの転職。
想像しただけでめまいがしてくるいばらの道です。



役者よりも物書きの方が向いてるな、性格的に。
と夫にもよく言われます。適性という点では確かにそうなのかもしれません。
しかし適性で職業を選ぶということを、とっくの20年前に放棄してしまった私です。

Aさんは目の回るように忙しい仕事と子育ての合間を縫って私の俳優活動を応援してくれる、これまた稀有な方々のうちの一人ですので、そこら辺の事情もちゃあんと理解してくれています。
そのうえで、なんでもやるならハンパはいかん!と叱咤激励してくれたのだと、わたくし理解いたしました。


たかがブログ、されどブログ。
人目に触れるところで何かをする以上、自己満足ではいけません。
一生懸命やってればだれか見てくれる、とナリに任せるだけでなく、見てもらうための宣伝だって必要です。
ほんと役者と一緒です。


まあライター云々はともかくとして、
とAさんは、人目に触れやすいブログのポイントをいくつか教えてくれました。
SEOとか?と私がうろ覚えの単語を出すと、そんなものは後でもいいからまずはブログのテーマを絞ることから始めてください、と言われました。


というわけで、このたび新たに立ち上げたのがレビュー専門ブログ

感想注意報サムネイル

【感想注意報】でございます。

これまでブログに書いていたことの中で一番多かったのが、映画や本や芝居のレビュー、感想文だったのでそこに絞ってみることにしました。
その次に多かったのがうさぎのグリコの話題ですが、「変わり映えのしない生活」が信条のグリコのことを書いても早々にネタが尽きてしまうと思い、うさぎブログにするのはやめました。


たとえベタでもわかりやすく、と言われたにもかかわらず感想注意報などとヘタな駄洒落みたいなブログタイトル(しかも調べてみたら既出で、オリジナリティすらない)にしてしまったし、読者を増やすならアメブロだ、と言われたのにデザインと無広告に惹かれてbloggerにしてしまったりしてAさんごめん。でもね、bloggerって天下のGoogleさんのブログだからね、けっこう検索に引っかかりやすいんだよ。フィードバーナーで一瞬でTwitterに転送されるしね。まあブロガー同士の交流はほとんど望めないけどね、外人さんばっかりだから。


しょっぱなから言い訳だらけでまた怒られてしまいそうですが、再び俳優業とこじつけて考えるなら、長く続けることにも意義があるはずです。
レビューとか言って全然内容に触れてないじゃないか!等々のダメ出しも甘んじて受けつつ、更新がんばります。

よかったら、どうぞご覧になってくださいね。

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テーマ : 私のブログ
ジャンル : 日記

今こそ言おう

ホラー映画が大好きだ。



ホラー嫌いの夫が地方巡業中なのをいいことに、連日のように自宅で鑑賞し、連日のように拙いレビューをつづる日々だ。
おかげで小ブログばっかりさくさくと更新が進み、こちらが手つかずになっていた。




ところで、今日かに屋の主任(子持ち)に聞いたところによると、ついにゆとり教育は本格的な終焉を迎えるらしく、来年度には土曜授業が復活するらしい。

昔懐かしい「半ドン」というやつだ。


私は基本的に学校が好き(勉強はキライ)な子供だったので、完全休日の日曜日よりむしろ、午前中だけ学校に行ってあとはフリー!の土曜日の方がウキウキ感があったのを覚えている。



そして半ドンの思い出といえば、ホラーなのだ。



今なお私の中で名作ホラーとして刷り込まれている「シャイニング」やら「オーメン」やら「キャリー」やらは、すべてこの半ドン上がりの土曜の昼下がりに、テレビで放映されていたものだ。

土曜ワイド劇場の再放送もこの時間帯だった。
伊東四朗主演(あれ?明智小五郎が天地茂だからそっちが主演か)の「パノラマ島奇談」がサイコーに薄気味悪く、これを観てからは彼の「ニン!」を素直に笑えない。



チャンネルを回すとかなりの確率でこのテの番組に行き当たる、土曜昼のテレビジョンは私にとってまさに宝の箱だったわけだが、ウキウキの裏側には常に背徳感があった。


テレビの前には、当時専業主婦だった母が、趣味と実益を兼ねた内職的な作業をしながらいつも陣取っていたので、いちいち「これ見てもいーい?」と承諾を得なければならず、これがお友達もみんな見てるようなおおむね健全なバラエティー番組とかだったらもっと堂々としていられたのだが、なにぶんゲテモノなので、大好物の恐怖シーンも母の視線が気になってイマイチ没頭できなかったものだった。


何しろ、親戚中の子供が集まっておじいちゃんに本を買ってもらうようなことがあっても、みんなは学習漫画や学校推薦図書なのに私だけ心霊写真集だったりしていたので、母の心痛はいかばかりだったかと、今になって思う。
実際「へーんな子!」と言われたのも一回や二回ではない。


自分が育ってきた環境の中で、自分の趣味が一風変わっていることを自覚できる機会があったことに、今となっては感謝のひとことしかない。
これが「子供の個性を尊重してあげよう」なんて言われて、ゲテモノ好きは恥ずかしいことじゃないのよ、なんていう教育を受けていたとしたらと考えただけで恐ろしいじゃないか。



「ホラー大好き」は「エロ大好き」とほぼ同義だと思うのだ。

怪談とY談とでは、それが行われる際のシチュエーションも、テンションも、どこかとても似通っている。

片や死への恐怖、片や生への欲求という、生きている限り逃れられない業というか、本能に直結しているからなのではないだろうか。

だからこそ理性的な社会生活を営むにあたっては、あんまり、白昼堂々好き好き言ってしまうと人間関係とか、なんかいろいろと支障が出てきてしまうんではないか、という気がする。



36年間、ホラー好きが高じて猟奇殺人に手を染めたりすることもなく、一応安寧な人生を送って来た。今のところ。

しかし、自分の趣味を高らかに公言することは、いまだに好きではない。というか気が引ける。というか恥ずかしい。
しかししかし、そこをあえて公言してみたい今日この頃なのだ。なぜかというと、



大人の目線で観るホラーは、格別なのだ。


子供の頃は、自分がホラー映画を観て爆笑したり、感涙にむせぶなどとは思いもしなかった。

もちろん当たり外れはあるものの、いい作品にぶち当たると、恐怖の裏側に思わぬおかしみや、人情や、あれやこれやがさりげなく転がっていたりする。それらがだしぬけに、不意打ち的に、心を打つのだ。


本音と建て前、理性と本能のはざまで引き裂かれながら生きている大人にしか読み取れない行間が、ホラーにはあった!

などというと大げさだが、わたくしなんて年だけとった中途半端な大人なので、これから人生経験を重ねれば、もっともっとホラーを楽しむ余地が生まれそうだと思い、ぜひとも
「大人のホラーの愉しみ方」を推奨していきたいなどと思い、せっせと観漁っているのである。



そんな日々のなか、とあるニュース記事を発見した。
『小学校授業でホラー映画、体調不良訴える児童も』



学校教育のことはよくわからないし、今はやりの「ゆとり批判」もつまらないからしない。
学校で堂々とホラーを観られちゃう環境はうらやましい気もするが、たぶん違うな。

半ドン復活に伴って土曜お昼のホラーアワーも復活してくれると私としてもうれしいが、それも違うか。


違うな。違うか。







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